|
雪というと思い出すことがある。
それは数十年前、取材で訪れた、ある北の町でのことだった。
その町で雪像のコンテストが開かれていた。
会場は町の広場でも商店街でもない。ひとつの町全部が会場だ。
各家の前に、その家族が力を合わせて造った雪像が置かれていた。

このコンテスト、始まった当初は、たった60軒の参加だったのが、
数年後には1400軒にまで膨れあがったそうだ。
材料費はゼロ。
自然がくれた純白の粘土が、町をいつもの町ではない風景に変えていた。
お金はかっていなくても、1400家族の心がこもっている。
このコンテストの選考が行われているころ、
雪像づくりの中心となったお父さんの何人かは、
選考を待たずに遠く都会へと出稼ぎにいった。
私も何軒かの家族を雪像と一緒に写真に撮らせてもらったが、
そこにはお父さんの姿はなかった。
雪像たちにお父さんは、
「寒い冬のあいだ、自分に代わって子どもたちと遊んでいてくれよ」
そうお願いしたのかもしれない。
私が撮った写真を「お父さんに送りたい」と言っていた子どもたちがいた。
その写真はお父さんに、どんな言葉を語りかけてくれるだろうか。
今では出稼ぎに出る人は少ないだろうが。
町をあげての雪像づくりはまだ続いているだろうか。
大きな大きな雪像によじ登ったり寝転んだり、
雪にまとわりつくように遊ぶ子どもたち。
寒い冬だけど、
やっぱり子どもたちは、こたつのネコではなく
庭駆けまわる犬であってほしい、
そう私は思う。
岡本 央
|